今回は、心の病気の考え方について触れます。
少し雑談から入りますが、私は医学生の時代に精神科の勉強をはじめてしたとき、精神科の薬物療法というものに対し、大きな違和感を感じました。薬で心の問題が解決するなんて、あり得ないと思っていました。なので、薬で心の病気医を治療することは、根本的な治療ではなく、むしろ薬漬けかなんかになってしまうんじゃないかというイメージがありました。
たとえば、以下のようなケースを考えてみましょう
こういった人が、薬を飲んで上司と接しても何も感じなくなったり、親しい人の記憶が消える、なんてことはあり得ないと思っていました。実際、こういったケースでは、薬の治療よりも環境の調整や、精神療法・カウンセリングの方が治療の中心となります。
しかし、次のようなケースではどうでしょうか。
こういったケースでは、環境や性格では説明がつかず、生物学的な問題が潜んでいます(詳しくは、今後解説していきますが)。こういった生物学的な問題が潜むケースでは、薬による治療がもっとも効果的です。
すると、心の病気は、いろいろなケースがあるようです。人によって置かれた状況も違うので、心の病気を理解するなんてとても難しいじゃないか、と思うかもしれません。ですが、要因別に考えるととてもスッキリ理解できるんです。
下の図をご覧ください。
この図は、心の病気の要因を描いたもので、私が患者の方々に病気について説明するときによく用いる図です。
先ほどの、親しい人が亡くなって毎日悲しい日々を送っているというケースは、環境的要因が強いといえます。どんな強い人でも、その人が耐えられる限度を超えた重荷を背負うと、気持ちが滅入るものです。仕事の量が多すぎたり、求められる仕事の内容が難しすぎたり、震災にあって不安定になってしまったり、といった場合も、この環境的要因が強いといえます。
苦手な上司のことを思うと毎日憂うつというケースでは、ほかの人はそれほど支障をきたしていないのに、人との接し方が苦手であったり内向的であったりなど、その人自身の性格が大きな要因をしめるもので、性格的要因といえます。
もうひとつ、見落としがちな要因として生物学的要因があります。上記の、春先になると毎年気持ちが沈む、人ごみにでるとドキドキしてしまったり息苦しくなる、といったケースが、これにあたります。
感情や知覚、記憶などに関与する臓器は脳で、気分が落ち込んだり、不安で息苦しくなったり、幻が見えたり、といったさまざまな状態は、それぞれ脳が異常な状態になっています。
たとえば、気分が沈む、いわゆる「うつ状態」のときは、脳内のセロトニン・ノルアドレナリンといった神経伝達物質の流れが悪くなっていると説明されています。また、不安で息苦しくなるという、いわゆる「パニック発作」という症状についても、セロトニンの関与が考えられています。詳しい説明はいずれしたいと思いますが、ここでは「脳内に生物学的に異常が起こっているんだ」と理解ください。
心の病気は、たくさんの種類がありますが、すべての病気はこの3つの要因に分けて考えることができます。心の病気をこれら3つの要因別に考えることで、対処法というのもおのずと変わってきます。
たとえば、環境要因が強い場合、もっとも効果的なのは環境自体の改善が最も効果的です。生物学的要因が強い場合、薬による治療(たとえば、ノルアドレナリンやセロトニンの状態を正常な状態に戻す)が最も効果的となります。性格因子が強い場合、性格というのはすぐに変わるものではないため簡単ではありませんが、やはりその人の性格で支障をきたしやすい部分に焦点をあてて部分修正するなどすることで、対処します。
実際には、3つの要因は重なっていることが多く、対処に関してもそれぞれの要因に働きかけます。たとえば、生物学的要因が強くてうつ状態になっている場合でも、環境的な負荷を減らしながら薬物療法を行います。環境因子が強い場合でも、補助的に薬物療法を併用することで、より楽な状態になって改善しやすくなります。
最初の話に戻りますが、「薬物療法」など、何がベストの治療という考え方は間違いであり、個々の人によって、3つのどの要因に重点を置きながら治療をするかは変わってくるのです。そういったバランス感覚が、心の病気の対処ではとても重要であり、日々の治療においてもその考え方をとても大切にしています。